01
給料日まで見えていた。ただ、三つの出費が重すぎる。
当月払いの給料日まで、生活の見通しは立っていたはずだった。しかし退職と引越しが重なり、寮のクリーニング代約3万円、新居の初期費用約5万円、引越し代3万5000円が一気にのしかかる。
8月25日の給料はすでにほとんど残っていない。9月25日の最後の給料も、有給消化期間のため満額出ない可能性がある。新生活は始まる前から、ぎりぎりの収支で組み立てられていた。
02
安さを選んだ引越しで、忘れられない催促を受けた。
以前、千葉から都内へ移った際、田中は個人事業主へ依頼できる引越しアプリを利用した。当日、見積もりよりダンボールが一、二個増えただけで追加料金を請求された。
業者はトラックで先に新居へ着き、田中は電車で後を追った。その移動中にも「まだですか」「急いでください」とLINEが届き続けた。料金を支払ったあとに抗議し、後日運営側にもクレームを入れたという。
03
今回選んだのは、3万5000円の法人業者。
前回の経験から、今回は個人ではなく法人格のある引越し業者を選んだ。9月は閑散期で比較的安く、料金は3万5000円。事前のメッセージで、すぐ新居へ向かえば待機料金などを当日上乗せしないことも確認した。
約10年前、一括見積もりサイトへ登録した直後に大量の電話がかかってきた経験もあり、今回は一括見積もりを避けた。安さだけでなく、約束が残る相手を選んだ。
04
10ヶ月続いた、正社員生活の終了。
前年11月から続けてきた正社員の仕事を退職した。10ヶ月勤務し、9月1日から10日まで有給休暇を消化する。田中にとって、半年以上働いて有給を得たこと自体が久しぶりの出来事だった。
最終出勤日には、お世話になった看護師や各フロアへ計5000円分のお菓子を持参した。一方で、対応に問題があると感じていた職員へは「あんたもクレーム来ますよ」と言い残し、上層部にも報告して職場を去った。
05
9月10日。寮を出て、新居へ入る。
有給消化が終わる9月10日、田中は寮を退去する。前日の9日に荷物を運び出し、10日の午前中に掃除、部屋の確認、鍵の返却を済ませる予定だ。
新居の初期費用はすでに支払い済みだが、引越し代と寮の退去時費用を合わせると6万5000円から7万円ほどになる。手元には数万円しかなく、予定どおり支払えるかという焦りが残っている。
06
辞めるたびに払ってきた、ユニフォームの代金。
短期離職を繰り返すたび、職場の制服をクリーニングし、元払いで返却してきた。これまでに使った金額は、本人の感覚では累計2万〜5万円。今回はチノパンやジャージなど返却物が多く、さらに費用がかさむ。
部屋の確認では、タバコのヤニによるクロス代まで給料から引かれないかと心配している。退職そのものよりも、退職に付随する細かな支払いが生活を圧迫していく。
07
新居の審査は、六日ほどで通った。
過去の滞納歴から審査落ちを覚悟していたが、保証会社は他機関の信用情報を参照しない方針で、入居審査は通過した。手元にお金があると使ってしまうため、初期費用1万円と9月10日からの日割り家賃、合計5万円弱はすでに前払いした。
10月分はフリーレントで家賃が0円になる。少なくとも住む場所については、一つの大きな山を越えた。
08
内覧していない部屋へ、自転車で一時間半。
新居は遠方にあり、内覧をしていない。写真でしか見ていないため「やばい部屋だったらどうしよう」という不安がある。以前より広いという情報だけを頼りに、入居日を迎える。
寮から新居までは、電車より自転車のほうが早いという。移動時間は一時間半以上。荷物を業者に預けたあと、自らペダルをこいで新生活へ向かう予定だ。
09
強制解約されたスマホも、Wi-Fiにつなげば使える。
所有するスマホ二台のうち一台は、料金滞納で強制解約されている。それでもWi-Fiへ接続すれば、配信などには使える。以前J:COMを再契約しようとした際も、滞納を理由に口座引き落としでの契約を断られた。
壁の薄い寮では、テレビの音で自分の声をカモフラージュしながら配信している。通信環境と隣人への気遣いは、新居でも続く課題になる。
10
なぜ「10月1日入職」に、こだわるのか。
次の仕事は10月1日から始めたい。月の途中から働くより、当月払いの給料を25日前後に満額受け取れる可能性が高いからだ。引越し後の生活と返済計画は、その一回目の給料を前提に組まれている。
住民票やマイナンバーの住所変更も待っている。過去には手続きを後回しにして運転免許を失効させた。今回は同じことを繰り返さないつもりだ。
11
あと数ヶ月続けていれば。退職への後悔。
12月まで働けば、退職金や賞与を受け取れた可能性があった。10ヶ月で辞めた決断を振り返り、「なぜ我慢できなかったのか」と後悔する瞬間もある。
それでも、前職を離れることはもう決まった。過去の部屋で階下の住人と騒音をめぐって天井を叩き合った経験から、新居では「隣人ガチャ」への不安も抱えている。
12
毎日1000円を返した、「借り返しペイ」の日々。
前年は日雇いの仕事をしながら、個人間の借金返済に追われていた。毎日1000円、休日には1万円を支払い、頭も心も休まらない生活だったという。
返済を重ね、残額は4万円まで減った。しかし引越しを前に、まとまった支出が再び生活を揺らす。過去を清算しながら次へ進む計画は、常に綱渡りだ。
13
ポケモンカードを、売るか。開けるか。
9月15日、当選した「ポケモンカード30周年セレブレーションボックス」が届く予定だ。未開封のまま売れば、目先の生活費を確実に作れる。一方、開封してレアカードを狙う選択肢もある。
生活費に変えるか、逆転を狙うか。箱を開けるという小さな決断にも、現在の資金状況が重く影を落としている。
14
第一志望、手応え95%。そして内定。
第一志望は有料老人ホーム。ポロシャツとリュックで面接へ向かい、施設長の人柄にも好感を持った。手応えは「95%」。給料は前職より約1万円下がるものの、休日が多く、当月払いという条件も理想に近かった。
翌日、施設長から採用の電話が入った。10月1日の勤務開始で合意し、引越しから就職までの計画は、きれいにつながったように見えた。
15
「カフェスタッフとしてお迎えします」
内定後に届いた手続きメール。その本文には、田中を「カフェスタッフとしてお迎えし」と書かれていた。応募したのは介護職だった。将来はリーダーや介護福祉士を目指し、現場でキャリアを積むつもりだった。
本当に、カフェスタッフとしての採用なのか。
カフェ勤務では夜勤に入れず、想定より給料が下がる。生活と返済の計画も崩れる。田中は施設長へ確認メールを送り、返答を待つことになった。
16
金は足りない。それでも、介護職を選びたい。
もしカフェスタッフ採用が事実なら、内定を辞退して仕事探しをやり直すつもりだ。しかしそうなれば、10月の給料日までをつないだ「パーフェクトプラン」は崩れる。
配信中には、10歳のリスナーから「たくさん稼げばいい。今すぐです」と励まされ、逆に元気をもらう場面もあった。資金は足りない。時間もない。それでも、将来のスキルにつながらない仕事だけは選びたくない。田中は、生活とプライドの間で返事を待っている。
17
PayPay認証と転売。10ヶ月は「長期勤務」。
田中はPayPayの認証やメッセージ登録の方法を説明し、リスナーと連絡できる状態を整えていた。支援や過去の返済をめぐるやり取りについて、本人は規約違反には当たらないという認識を示している。
金がないからこそポケモンカードを購入し、転売で資金を作るという考えも変わらない。ただし引越し前に住所変更を済ませなければ、当選した商品を受け取れない可能性がある。「3年未満は短期離職」という意見には反発し、自分にとって半年を超えれば長期、10ヶ月勤務は快挙だと語った。
18
「正論ごっこ」への怒り。批判者はブロックする。
配信中、PayPayの利用などを繰り返し批判するリスナーを、田中は「嫉妬や妬み」だと断じてブロックした。別アカウントで戻ってくる相手にも、行動パターンを見抜いていると応酬する。
ネット上で正論をぶつけ続ける行為を「正論ごっこ」と呼び、強い嫌悪感を示した。一方で、純粋なファンがコラボ通話へ上がってこないことには寂しさを感じている。支援があれば元気は出るが、自分から送金を求めることはできないとも語った。
19
面接では一言もなかった。なぜカフェなのか。
今回の面接では職務経歴書を提出していない。田中は、本部の稟議で「適材適所」と判断され、カフェスタッフへ回された可能性を考える。しかし面接中には、カフェ勤務の「カ」の字も出なかったという。
最初から可能性を説明してほしかったという思いは強く、動揺で引越し準備にも手がつかない。入職時に必要な健康診断書についても、前職のものを使えるのか、有効期限が切れていないかという新たな不安が生まれている。
20
有給消化も「業務」。次は一年続ける。
「次の仕事が決まるまで辞めるな」という過去の教訓を守れず、退職後に追い込まれたことを田中は後悔している。引越し準備までぎりぎりに先送りする自分の癖も認め、早く着手しなければならないと繰り返す。
現在は無職ではなく、在籍したまま「有給休暇を消化する業務」に就いているというのが本人の主張だ。10ヶ月で退職した前職を超えるため、次の職場では最低一年働くという新たな縛りを自分に課した。
21
37歳、結婚への焦り。「孫を残したい」。
37歳を迎える田中は、親に孫を見せたいという思いから結婚を望んでいる。しかし出会いはなく、配信で交際相手を募集する話題にも触れた。
前職の看護師「K子さん」へ好意を抱いていたが、途中から態度が厳しくなったことや、自分の容姿と性格への強い劣等感から、恋愛対象にはならなかったのだろうと諦めている。
22
20歳で初めて借りた10万円。多重債務の始まり。
20歳のフリーター時代、高円寺のアコムで初めて10万円の融資枠を得た。何もしなくても使える金が現れたことに、罪悪感と同時に大きな高揚を覚えたという。限度額は20万円へ増え、退職後の生活費を補うためレイクにも手を出した。
借入先は4社、総額40万円に膨らんだ。法律事務所へ債務整理を依頼したものの、無職になって毎月の支払いが滞り、担当者に強く叱責された恐怖から着信を拒否。そのまま連絡を絶った過去を明かした。スマホも止まり、所持金10円で公衆電話から日雇い派遣へ仕事を求めた時期もあった。
23
職歴70社、いや100社。履歴書に書くのは数社だけ。
田中は、自分の職歴が70社、あるいは100社を超えると語る。面接用の履歴書には、比較的長く続いた3〜4社へ絞って記載し、それ以外の経歴は省略してきたという。現在はワンバンクの利用上限4万2000円を使い切り、9月25日の給料で返済する計画だ。
一方、高校卒業後の最初の工場勤務では、立ち仕事と残業を続け、一年で140万円を貯めた。20代にはキャバクラの一日体験入社などを繰り返した時期もある。幼少期に親から受けた扱いへの怒りを抱え、自分に子どもができたら暴力ではなく言葉で向き合い、愛情を注ぎたいと語った。
24
10歳のリスナーから、「今すぐ稼げばいい」。
配信のコラボ通話へ、10歳の女の子が参加した。「人生が辛い」「5歳の頃からファン」と話す相手に、田中は戸惑いながらも会話を続けた。
金銭問題を抱える田中へ、女の子は「たくさん稼げばいい」「具体的には今すぐです」と率直に助言した。勇気を出して配信へ上がってくれたことに田中は感謝し、思いがけず元気をもらったという。
25
正社員なのにカフェ。そして七万円が足りない。
有料老人ホームを選んだのは、介護職として経験を積み、資格を取り、役職を目指すためだった。カフェ勤務では夜勤に入れず、給料も下がる。フロアリーダーへの道も見えない。カフェ採用が確定した場合は内定を断り、あとからフロア勤務を提案されても同じ施設では働かないという姿勢を示している。
引越し代と退去費用で、約七万円。今は七万円もない。
引越し代3万5000円と寮のクリーニング・退去費用約3万円。手元資金では足りない。無職状態では個人間の借入も頼みにくいため、9月25日までを乗り切るには早急に次の面接を決める必要がある。介護職へのプライドと、目前の支払い。その二つが、田中を同時に追い詰めている。